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東京地方裁判所 平成7年(ワ)16782号 判決

原告

中島稔

ほか二名

被告

有限会社保谷丸正食品

ほか四名

主文

一  被告らは、各自、原告中島稔に対し、金一九七万一一一八円、同中島美佐及び同中島展明に対し、それぞれ金九八万五五五九円、及び、これらに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告中島稔(以下「原告稔」という。)に対し金一〇一九万五一八四円、同中島美佐(以下「原告美佐」という。)及び同中島展明(以下「原告展明」という。)に対しそれぞれ金五〇九万七五九二円並びにこれらに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二争いがない事実

一  本件事故の発生

1  事故日時 平成四年八月二八日午前九時四七分ころ

2  事故現場 東京都保谷市東町三丁目一三番一九号先道路

3  佐僖子車 自転車

運転者 訴外中島佐僖子(以下「訴外佐僖子」という。)

4  内山車 普通貨物自動車

運転者 被告内山政直(以下「被告内山」という。)

使用者 被告菊池美智夫(以下「被告菊池」という。)

5  乙津車 普通貨物自動車

運転者 被告乙津照晃(以下「被告乙津」という。)

所有者 被告桧原運送株式会社(以下「被告桧原運送」という。)

6  事故態様 訴外佐僖子(昭和一五年九月二九日生まれ、当時五一歳。)が自転車に乗車し、本件事故現場付近の路上に駐車していた内山車の右側を通過した際、被告内山が内山車の運転席のドアを開けながら右腕を伸ばしたため、被告内山の右腕が訴外佐僖子に接触したため、同女が、対向車線上に転倒し、そこに対向進行してきた被告乙津運転の乙津車が訴外佐僖子を轢過したため、同女は、頭蓋骨骨折により死亡した。

二  責任原因

1  被告内山

被告内山は、駐車車両のドアを開ける際には、後方より進行してくる車両等の動静を注視してドアを開けるべき注意義務があるにかかわらず、これを怠つて内山車のドアを開けた過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

2  被告菊池

被告菊池は、内山車を保有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

3  被告有限会社保谷丸正食品(以下「被告丸正食品」という。)

被告内山は、被告丸正食品の従業員であり、本件事故は、被告内山が、被告丸正食品の業務に従事中、その過失によつて発生させたものであるから、被告丸正食品は、民法七一五条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

三  相続

原告稔は、訴外佐僖子の夫、同美佐及び同展明は、訴外佐僖子の子であり、唯一の相続人であるから、原告稔は、二分の一、同美佐及び同展明は、それぞれ四分の一ずつ、訴外佐僖子の損害賠償請求権を相続した。

四  争点

1  被告乙津及び同桧原運送の責任原因

(一) 原告らの主張

(1) 被告乙津

被告乙津は、人通りの多い本件道路を進行するに際し、被告内山が内山車の右側を歩行し、その後方に、自転車に乗つて対向進行してくる訴外佐僖子を認めたのであるから、訴外佐僖子が、被告内山を追い越し、あるいは、訴外佐僖子が被告内山に接触し、自転車ごと転倒するなどして、自車進行車線に進入してくる場合に十分に対処できるよう、訴外佐僖子の動静を注視し、一時停止するか、若しくは、徐行すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と乙津車を進行させた過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

(2) 被告桧原運送

被告桧原運送は、乙津車を所有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告乙津及び同桧原運送の主張等

(1) 被告乙津が訴外佐僖子を発見した際、内山車と本件道路のセンターラインとの間には、訴外佐僖子が十分にすれ違うことのできる余地があつたのであるから、訴外佐僖子が乙津車が進行していた車線に進行してきたり、ましてや、訴外佐僖子が被告内山に接触し、自転車ごと転倒するような事態は予測できなかつたのであつて、被告乙津には過失はない。

(2) 被告桧原運送が、乙津車の運行供用者であることは認めるが、右のとおり、被告乙津に過失はなく、本件事故は、被告内山の過失で発生したものであり、かつ、乙津車に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたので、被告桧原運送は免責される。

2  過失相殺

(一) 被告らの主張

訴外佐僖子は、内山車とセンターラインの間に被告内山がおり、被告内山が内山車の運転席側のドアを開けることが予測できる状況で、その右側を通過しようとしたのであるから、被告内山との距離を十分に取り、被告内山に接触しないように注意して進行すべき義務があつたにもかかわらず、被告内山に対する注視を欠き、漫然と進行した結果、被告内山に接触し、自転車ごと転倒して、本件事故に至つたのであるから、本件では、訴外佐僖子の損害から過失相殺すべきであるとし、被告内山、同菊池及び同丸正食品においては、三〇パーセントの過失相殺を主張し、被告乙津及び同桧原運送においては、五〇パーセントの過失相殺を主張している。

(二) 原告らの反論

訴外佐僖子には、被告らが主張するような過失はなく、本件では、過失相殺は認められるべきではない。

第三争点に対する判断

一  被告乙津の過失

1(一)  争いのない事実、甲二、乙一ないし一三、一五、一六、被告内山及び同乙津本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(二)  本件道路は、通称大泉通りであり、片側車線の幅員が三・三メートルの歩車道の区分のない、片側一車線のアスフアルトで舗装された道路である。本件事故現場付近は、直線で、視界は良好であり、速度は毎時三〇キロメートルに規制されている。また、本件道路付近は市街地であり、車両、歩行者及び自転車の交通が頻繁である。

(三)  被告乙津は、乙津車を運転し、本件道路を保谷駅方面から新青梅街道方面に向けて時速約三〇キロメートルで進行して、本件現場に至つたところ、前方約一六メートルの対向車線上に内山車が駐車しているのを発見した。そして、約八・〇メートル進行したところで、内山車の後方から被告内山が歩いてきて、内山車の運転席側のドア付近に立つたのを認めた。さらに、そのとき、内山車の右側後部(被告乙津から見て左側)付近の道路の中央線付近をゆつくりとした速度で対向進行してくる、佐僖子車に乗車した訴外佐僖子を発見した。そこで、被告乙津は、やや左に進路を変更しながら、乙津車の速度を時速約一五キロメートルに減速して進行したところ、乙津車が内山車とすれ違う付近で、被告内山が内山車の運転席側のドアを開けたため、被告内山の後方から進行してきた訴外佐僖子と被告内山が衝突し、訴外佐僖子が乙津車の走行車線に転倒し、乙津車が訴外佐僖子を轢過した。

内山車の車幅は二〇三センチメートルであり、内山車は左側部分を若干左側路肩に出して本件道路上に駐車していたため、内山車と本件道路中央線との間は、約一・二七メートル強であつた。また、佐僖子の車幅は、五五センチメートルであつた。

2  右認定した事実によれば、被告乙津は、本件現場にさしかかつた際、内山車の後方から被告内山が歩いてきて、内山車の運転席側のドア付近に立ち、さらに、内山車の右側後部付近の道路の中央線付近を対向進行してくる佐僖子車を発見したのであるから、訴外佐僖子が、被告内山を追い越して進行してくることを当然に予測して進行すべきであつたと言える。そして、内山車と本件道路中央線との間が約一・二七メートル強しかなかつたのであるから、訴外佐僖子が、被告内山を追い越して進行してくれば、その際、被告内山と訴外佐僖子が接触するかはともかくとしても、訴外佐僖子が被告内山を追い越すために、乙津車の進行車線に進入してくることを、当然に予測して進行すべきであつたと言え、訴外佐僖子の動静注視を厳にし、一時停止か、少なくとも、直ちに停止できるよう徐行して進行すべき注意義務を負つていたと言える。しかるに被告乙津は、やや左に進路を変更しながら、乙津車の速度を時速約一五キロメートルに減速して進行したに留まつたため、被告内山と衝突して乙津車の走行車線に転倒した訴外佐僖子を避けることができず、訴外佐僖子を轢過したのであり、被告乙津に右のような過失があることは明らかであるので、被告乙津及び同桧原運送の主張は採用できない。

二  過失相殺

本件現場付近は直線で見通しがよいのであるから、訴外佐僖子は、乙津車が対向してくることは十分に認識し得たものと認められる。そして、内山車と本件道路中央線との間が約一・二七センチメートル強しかなかつたのであるから、訴外佐僖子としては、乙津車が通過するのを待つて、内山車の右方を通過すべきであつたと言えるし、内山車の側方を通過するにしても、前方を被告内山が歩いていたのであるから、その動静に注視して進行すべきであつたにもかかわらず、これを怠つた結果、被告内山の後方不注視があつたとはいえ、被告内山が内山車のドアを開けた際に、被告内山に接触して本件事故が発生したのであるから、訴外佐僖子にも過失が認められる。

そして、右認定のような本件事故の態様、被告内山及び同乙津の過失、訴外佐僖子の過失のそれぞれの態様に鑑みると、本件では、その損害から三割を減殺するのが相当である。

第四損害額の算定

一  訴外佐僖子の損害

1  葬儀費用 一二〇万円

本件と因果関係の認められる葬儀費用は、経験則上、一二〇万円と認めるのが相当である。

2  逸失利益 二二四五万八六一一円

訴外佐僖子は、主婦で家事に従事していたので、その労働の対価は、原告主張のとおり、賃金センサス平成三年第一巻第一表女子労働者学歴計平均の二九六万〇三〇〇円に相当すると解すべきである。訴外佐僖子は、本件事故時五一歳であつたので、本件事故によつて、労働可能な年齢である六七歳まで一六年間の得べかりし利益を喪失したものと認められる。したがつて、訴外佐僖子の逸失利益は、右の二九六万〇三〇〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、一六年間のライプニツツ係数一〇・八三八を乗じた額である金二四五万八六一一円と認められる(円未満切り捨て、以下、同様。)。

3  死亡慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様、訴外佐僖子の生活状況、家庭環境等、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における慰謝料は、二〇〇〇万円が相当と認められる。

4  小計 四三六五万八六一一円

二  過失相殺

前記のとおり、本件ではその損害から三割を減額するのが相当であるから、その結果、訴外佐僖子の損害額は三〇五六万一〇二七円となる。

三  既払金

本件事故にともなつて、自賠責保険金二七〇一万八七九〇円が支払われていることは当事者間に争いがない。

四  損害残額 三五四万二二三七円

五  相続

原告稔は、二分の一、同美佐及び同展明は、それぞれ四分の一ずつ、訴外佐僖子の損害賠償請求権を相続したので、原告稔の相続した損害額は一七七万一一一八円、同美佐及び同展明の相続した損害額は、各八八万五五五九円となる。

六  弁護士費用

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告稔につき二〇万円、同美佐及び同展明らにつき、それぞれ一〇万円が相当と認められる。

第五結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告らに対して、各自、原告稔に対し、金一九七万一一一八円、同美佐及び同展明に対し、それぞれ金九八万五五五九円、及びこれらに対する平成四年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 堺充廣)

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